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2月15日 メッセージより

2026/02/15(日)

20262月15日 礼拝メッセージ「嵐の時も神は共におられる」より

牛田匡牧師

聖書 マルコによる福音書 4章 3541

 今回は、イエス様が「突風を静めた」というお話でした。ガリラヤ湖のほとりで大勢の人たちに、たとえ話を語られた後、夕方からイエス様は弟子たちと一緒に、対岸に向かって舟を出しました。しかし、それから間もなくして、舟は嵐に遭遇し、水浸しになりました。弟子たちはうろたえ、眠っていたイエス様を起こして、助けを求め、イエス様が突風を𠮟りつけたら、嵐は止んだという不思議なお話です。もちろん、大昔の出来事ですし、口から口へと語り継がれて来る中で、どんどん誇張されて来たのでしょう。もしも書かれている通り、イエス様が嵐などの天候を自在に操ることができるのだとしたら、それは超能力者であって、私たちとは似ても似つかない存在になってしまいます。そのような方から「私についてきなさい」「私と同じようにやってみなさい」と言われても、無理な注文となってしまいます。歴史的事実としてあったことは、「イエス様と弟子たちが舟でガリラヤ湖を渡っている間に、嵐に遭遇した。しかし、しばらくしたら嘘のように凪になった」ということだったのだろうと考えられます。そしてイエス様はその中でも終始、平静でした。それは嵐を瞬時に納める超能力があったからではなく、どんな時でも神様が共にいてくださる(インマヌエル)という信頼があったからなのだと思います。

 世界中で、場所も時代も問わず、様々な災害があり、事故も病気もあります。それらは、何かの罪の故に、神様から罰として与えられているのではありません。清く正しい人であっても、災害に遭ったり、事故に遭ったり、病気になったりします。現にイエス様もそうでした。今、日本社会は再び「戦争が出来る国」へと大きく方向転換しかねない状況に陥っています。「嵐」とも呼べるような不安定な状況の中にありますが、そのような困難な現実から目を背けるのではなく、嵐の只中にも神が共におられることを信じ、今ここで自分にできることを考え、行動することが求められています。イエス様の言われた「黙れ、静まれ」という言葉は、不安に騒ぐ自分自身の心を鎮める言葉であると同時に、他者を抑圧し、命を軽んじる悪しき力や権力に対する抵抗の言葉でもあります。健やかな時も病める時も、神は「あなたと共にいる」と語りかけておられます。私たちはその約束を糧に、嵐の中でも希望を持って今日の一歩を踏み出していきます。

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