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9月11日 メッセージより

2022/09/11(日)

2022年9月11日 聖霊降臨節第15主日礼拝

メッセージ「人と人をつなぐもの」                                               牛田匡牧師

聖書 コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章31-13章13節

 今回の聖書は「愛の賛歌」として、結婚式でもよく読まれる言葉でした。どんなに優れた能力や知識や様々なものがあっても、「愛が無ければ無に等しい」と言い切る、とても力強い言葉です。「愛は忍耐強い。愛は情け深い。妬まない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、怒らず、悪をたくらまない。不正を喜ばず、真理を共に喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える」……。ここで言われている「愛」(アガペー)とは、「大好き」のような感情的に好きか嫌いかということではなく、「人を大切にする」ということです。ですから、相手の性別も年齢も、立場も超えて、相手を大切にすることはできるというわけです。とはいえ、そのようなことは頭では分かっていても、実際に日々の生活の中で、いつも相手を大切にすることができているか、と問われると、できていないことの方が多いのではないでしょうか。

 まじめな人ほど、この言葉の通りに実践できていないことに悩み、相手のことを大切にできない自分を責めたり、場合によっては「聖書にはこのように書かれているのだから、あなたはもっと努力しなさい」と他人から追及されたりしていないでしょうか。それは「愛の勧め」ではなく、もはや暴力です。そしてこの「愛の賛歌」自体も、そのように人を抑圧するために利用されてきた歴史があります。「愛」「人を大切にする」とは、自己犠牲で相手に尽くすことではありません。聖書の中で何度も述べられている「隣人を自分のように愛しなさい」(マルコ1233)とは、「自分自身を大切にするように、人を大切にしなさい」ということです。自分自身が大切にされておらず、安心も安全もないような状態では、決して隣の人を、大切にすることはできないのではないでしょうか。

 「人と人をつなぐもの」とは、お金でも力でもなく、お互いに「相手を大切にしたいという思い」なのではないかと思います。そしてそれは自分自身を卑下したり、抑圧したりする中からは生まれません。「人を大切にする心」は神様によって私たち一人一人の内に与えられています。私たちが互いに大切にし合う中に、神様も共にいてくださいます(1ヨハネ4:16)。私たちがつながり合える人々、世界は限られていますが、それでも今自分が置かれて生かされているこの場所から、神様と共にあって、私たちは今日も隣の人と、目の前の人とつながっていきたい、人と自分を大切にしていきたい、そのための歩みへと押し出されていきます。

 

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