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5月17日 メッセージより

2020/05/18(月)

2020517日(日)メッセージ「神様がいっしょにいます」より

牛田 牧師

聖書 ローマの信徒への手紙 83139

 十字架がキリスト教や教会のシンボルとなっているのは、「イエス・キリストが、私たちの身代わりに死んで下さった」ことによると思われるかもしれません。確かに「自分が負い切れない重荷を、誰かが代わりに負ってくれた」というのは、有り難いことです。しかし、命の恩人が自分の代わりに死んでしまったとしたら、「有り難い」では済まずに、「申し訳ない」気持ちでいっぱいになってしまうのではないでしょうか。しかし、主イエスは十字架上での死では終わらず、神様によって死から引き起こされました。ですから十字架は「死」ではなく、むしろ「死からの引き起こし(復活)」のシンボルです。今回の聖書の言葉を読むと、キリスト教の中心とは「私たちの主であるキリスト・イエスが、その身をもって示された、私たちを大切にしてくださる神から、私たちを引き離すものは何もない」ということだと分かります。言い換えるならば「いつでも神様が一緒にいます」「死すらも越えて一緒にいます」と言えるのではないでしょうか。

 この分厚い聖書の中で、一番多く書かれている言葉は「恐れるな」「怖がることはない」という言葉だそうです。例えば、病院を受診することを怖がる小さい子どもに対して母親が、「お母さんも一緒にいるから、怖がらなくても大丈夫だよ」と言うように、たとえ未知のこと、先の分からないことであっても、「神様があなたと一緒にいるから大丈夫。怖がらないで、やってみよう」……。それが聖書に記されている数々の物語であり、また聖書が伝えているメッセージでした。神様が一緒にいます。罪もケガレも関係なく、すべての人と共にいます。だから、私たちは無闇に怖がり過ぎて、他者や攻撃する必要もありませんし、自分一人でやみくもに頑張り過ぎる必要もありません。

 新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が39県で解除され、大阪府でも緊急事態措置が段階的に緩和されていくと言われています。しかし、私たちの身の回りの社会がこれからどのようになっていくのかは、まだまだ分かりません。ですがこの「コロナ禍」は決して誰かの罪やケガレのせいであったり、天罰ではありません。いつでもどこでも、どのような状況にあっても、神様が一緒にいて下さっています。私たち一人一人は小さい存在ではありますが、神様から命を与えられて生かされているということを覚えつつ、今日もそれぞれの場所で神様と共にあって歩み出して行きます。

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