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3月3日 メッセージより

2024/03/05(火)

2024年3月3日 メッセージ「真実を語る時」より

牛田匡牧師

聖書  ヨハネによる福音書 6章 4760、66-69節

 イエス様の周りに集まって来ていた多くの人たちは、その日のパンを求めた貧しい人々でした。イエス様は、そのような人々の思いを知った上で、永遠の命に至る「命のパン」の話をしているわけですが、その「命のパン」とは、イエス様自身の血肉のことだと言われました。そのために「人の肉を食べ、血を飲むなんて、そんなひどい話は聞いてられない」と言って、多くの人たちが離れ去っていったそうです。しかし、ここで言われている「私の血肉」とは、「生身のイエス様の姿そのもの」のことです。それこそ食物を食べて私たちの身体が形作られるように、「イエス様の生き様そのもの」を自身の生き様として、その心と体と一つになって生きるということだと考えられます。そして、そのように生きるようとする時、私たちは仲間との衝突や分裂に突き当たるかもしれません。しかし、対立を恐れて理屈をこね、言い訳を重ねている限り、それは口当たりの良い朽ちるパンを食べているだけです。波風を立てない一時の平穏に甘んじるのではなく、イエス様の姿を自分の生きる姿勢(血肉)とする時、そこには真剣勝負ゆえの痛みも苦しみもありますが、だからこその心の底からの平安、自由や解放、絶対の命(永遠の命)もあるのではないでしょうか。

 世界各地では数年前から「me too運動」といって、様々な被害を受けた方々が「私も被害者です」と名乗りを上げて加害者を告発する運動が起こっていましたが、日本ではなかなか広がって来ていませんでした。まだまだ「被害を受けた方にも理由がある」というような偏見と差別が根強くあるからでしょう。しかし、昨年来、芸能界で次々と暴力と加害の事実が明らかにされて来たことによって、これまで長年口を閉ざして来ていた方々が、その被害の実態を少しずつ訴え出て来られています。真実の言葉によって、真実を語り出すように勇気づけられているのでしょう。今、私たちの暮らしているこの社会の中では、日々、真実の言葉がどれだけ語られているでしょうか。真実を語る時、多くの友が去っていきます。積み上げて来たものが崩されて失われて行きます。それでもなお、自らの使命のために受難の道を歩まれたイエス・キリストが、確かに今もおられます。そこにこそ本当の自由、本当の命が残されるということを信じて、私たちもまた勇気をもって真実を語る歩みへと導かれて行きます。

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